過去20年、ソフトウェアはほぼあらゆる仕事に浸透し、私たちの働き方を大きく変えてきました。ただ、こうしたツールには、変わらない基本的な前提がありました。企業が従業員のためにソフトウェアを購入し、最終的に仕事をするのは「人」だということです。
この1年で台頭してきたAIエージェント(AI Agents)は、この仕組みを揺るがし始めています。すでにすべてをAIに任せられる仕事もあり、今後は、仕事をすべてAIに任せるケースがますます増えていくでしょう。企業にとってのAIの役割も変わりつつあり、ツールであると同時に、「まったく新しい労働力」にもなりつつあります。
「カスタマーサポート」は、わかりやすい例です。これまで企業は、従業員の生産性を高めるためにカスタマーサポート用のソフトウェアを購入してきました。しかし、AIが業務の一部を直接担えるようになれば、その価値を判断する際に、従来なら支払う必要があった給与を比較対象にするのは自然なことです。
法律や会計などの専門サービスでも、同じような変化が起き始めています。だからこそ、私はAI市場は非常に大きいと考えています。その市場は、従来のソフトウェア市場にとどまらず、労働市場にも広がりつつあるからです。一部のベンチャーキャピタルがAI企業の価値を見直し始めているのも、こうした考え方に基づいています。投資家が見るのは、企業がソフトウェアに年間いくら使っているかだけではありません。これまで人に給与を支払って任せていた仕事のうち、どれだけをAIで代替できるかにも目を向けており、それがAI企業の評価額を大きく押し上げています。
ただ、AIが新たな労働力になると、企業は人とAIに仕事をどう割り振るかを考える必要があります。例えば、新しい業務が発生したとき、人員を増やすのか、AIに任せるのか、それとも両者で取り組むのか。企業は今も、従業員の能力や経験に応じて業務を割り振っています。意思決定が必要なものは経験豊富な従業員に、比較的簡単なものは経験の浅い従業員に任せています。
私は今後、AIにも同じような役割分担が生まれると考えています。簡単な例を挙げると、近所に買い物に行くだけなら、毎回ランボルギーニに乗る必要はなく、トヨタの車で十分です。企業も同様に、最も高価で、最も能力の高いAIをすべての業務に使う必要はありません。複雑な推論が求められるタスクもあれば、基本的な作業をこなすだけでよいものもあります。これから企業がAIを使ううえで重要になるのは、その仕事にどの程度の能力を持つAIが必要で、いくら支払うのが妥当なのかを的確に判断する力です。
ソフトウェア企業の料金体系も影響を受けるでしょう。SaaSは長年、利用人数に応じて料金を設定してきました。しかし、これまで50人で処理していた業務を、今は10人がAIを活用してこなせるのであれば、利用人数に応じた料金では、製品が生み出す価値を反映しにくくなります。企業が購入するものが、次第に「ツール」から「仕事を完了させること」へと変わっていけば、課金の単位も自然と変わります。今後は、実際に完了した仕事の量に応じた料金体系が増える可能性があります。成果を測りやすいサービスでは、成果に直接連動する料金体系が採用されるかもしれません。
現在のAIの進歩の速さを見ると、AIはおそらく近いうちに職場のあらゆる領域に入り込み、新たな「機械の労働力」となるでしょう。そして、これまで想像しにくかった問題も生まれてきます。
例えば、企業が従業員を1人雇う場合、給与だけでなく、雇用に伴う税金なども負担する必要があります。企業が人を雇う場合と、同じ仕事をAIに任せる場合とでは、コスト構造が大きく異なります。すでに、将来はAIの使用量に応じて課税し、その税収で人間の税負担を軽減してはどうか、という提案まで出ています。この構想が実現可能かどうかは、まだ何とも言えません。ただ、AIの「労働」に課税すべきかどうかという議論が始まったこと自体が、AIの役割の変化を表しています。
もう一つ、近いうちに直面するのは、企業はこれからどのような人を雇うべきなのか、という問題です。AIがより多くの基礎的な業務を担えるようになれば、企業が必要とする人員数も職種も変わり、採用条件も変わっていきます。これから企業が学ぶべきなのは、おそらくAIの使い方だけではなく、まったく新しい労働力をどう管理するかということです。