最近、外国人の友人たちの子どもと話す機会がありました。彼らは、大学で何を専攻するか悩んでいます。世界の変化があまりに速く、今、多くの人が有望だと考える専攻が、数年後もよい選択なのかどうか、誰にも分かりません。その不安は私にも理解できるのですが、話せば話すほど、私はかえってわくわくしてきました。そして彼らにこう言いました。「君たちは本当に、いちばん幸運な世代になると思うよ!」
私たちの世代は、子どもの頃から数多くのアドバイスを受けてきました。どの学科に将来性があるか、どの仕事に将来性があるか、周りの人はみんな自分なりの答えを持っていました。その多くは善意によるものでしたが、その道を歩むなかで、私たちはどれほど自分の望む道を選んできたでしょうか。
最近、自己認識について語る動画を見ました。そのなかで、あまりに自然にできてしまうことは、自分では能力だと思わず、誰にでもできることだとさえ思ってしまう、という話がありました。いろいろな人から何度も「これ、すごく得意だね!」と言われて、ようやく、それが自分の強みだったと気づく。この指摘には、とても共感しました。私たちは自分に足りないものに目を向けることに慣れていて、すでにうまくできていることを見落としがちだからです。
いちばんわくわくするのは、テクノロジーの進歩によって、自分の強みを伸ばす機会が増えていることです。以前なら、アイデアが浮かんでも、プログラミングができない、一緒に取り組む人が見つからないといった理由で、そのまま心のなかにしまい込んでいたかもしれません。今はさまざまなツールがあり、多くのことをまず自分で試せます。条件がすべて整うまで待つ必要はないのです。
しかも、少しでも形にしてみると、「自分は本当にこれが好きなのだろうか?」という問いへの答えも、もっとはっきり見えてきます。実際にやってみて初めて、「あ、自分にもこんなことができるんだ!」と気づくこともあります。多くの場合、そうやって少しずつ進む方向が見つかっていくのだと思います。
だから私は彼らに、これから先はきっと多くの変化があり、不安に思うこともあるだろうけれど、どんな仕事が取って代わられるのかという話ばかりしていては、あまりにもったいないと伝えました。私たちの手元にはこれだけ多くのツールがあり、これまで頭のなかに留めておくしかなかったことを、実際に形にする機会も増えているのです。彼らが本当にやりたいことを見つけたとき、そこからどんな新しいものが生まれるのか、私はとても楽しみです。
どの学科を選べば将来有望なのか、私には確かな答えを示すことはできません。けれども、これほど若いうちから、自分がどんな人間になりたいのかを考え始められる。しかも、自分でやってみるためのツールまである。それはとても幸運なことだと思います。だからこそ私は、次の世代の未来に、むしろいっそう期待を抱いているのです。