新材料の発見は、各産業の進歩を支える重要な原動力です。しかし驚くべきことに、現代においても依然として新材料の研究開発は人の負担が大きく、実験データを紙で記録することもあります。
新材料の開発では、膨大な変数の組み合わせや試行錯誤が行われます。人だけで数千万通りの可能性から解答を見つけ出すのは、時間とコストがかかり、弊害もあります。見過ごされがちな弊害の要因として、人間の認知能力の限界があります。科学者が自分の偏見や限られた知識に縛られ、他の可能性を見逃すことがあるかもしれません。
こうした要因や開発の難易度が上がることにより、新材料の開発スピードが産業の進歩に追いつけず、「逆ムーアの法則(創薬における研究開発費は9年ごとに倍増するという経験則)」の苦境に陥ります。ですが幸いにも、AIとロボット技術の組み合わせが、この苦境を打破するのに役立つのです。
アメリカのスタートアップ企業Atinaryは、その代表的な存在です。彼らはAI、機械学習、ロボット技術およびハイスループットの自動化設備を組み合わせた「セルフドライビング・ラボ(Self-Driving Labs)」を開発しました。自動化されたプロセス、データ駆動型の意思決定、インテリジェントなラボデザインによって、短期間で多くの実験を完了させるだけでなく、人的エラーやバイアスを減らし精度を向上させることができます。
セルフドライビング・ラボは、科学者にとってタイムマシンのようなもので、材料の発見や研究開発の時間を10〜100倍加速させることができます。例えば、スイス連邦工科大学チューリッヒ校が発表した論文によると、Atinaryのアルゴリズムは、二酸化炭素からメタノールへの変換を活性化させる触媒実験を1000倍加速させて6週間で成功させました。
Atinaryのもう一つの優れた点は、実装が簡単なコード不要(no-code)の機械学習プラットフォームを提供していることです。実験者はわずか2時間のトレーニングを受ければ、複雑なコードを書かずに、機械学習を利用可能な状態にしてセルフドライビング・ラボを構築できます。
日本の製薬会社の最大手である武田薬品工業(Takeda)は、Atinaryと提携してAIセルフドライビング・ラボ技術を組み合わせ、新薬開発を加速させることが狙いです。そしてAtinaryは武田薬品の実験効果を劇的に向上させることに成功しており、従来では数百回必要だった実験を十数回まで削減しています。
武田薬品のほかにも、IBM基礎研究所、マサチューセッツ工科大学(MIT)、スナップドラゴン・ケミストリー社といった国際的に重要な組織も研究開発スピードを100倍に加速する秘密兵器としてAtinaryと提携しています。
新材料の開発効率が大幅に向上することで、産業の革新が加速します。特に新薬開発の分野ではさらに重要な意義があります。なぜなら1分でも短縮すれば、より多くの患者が治癒するチャンスが増えるからです。
今後、AIセルフドライビング・ラボ技術が時間との戦いを繰り広げる多くの分野に普及し、人類の革新を支えるスーパータイムマシンになることを期待します。